私たちの此の世界は、ピュシス（ 自然 ）に於いて、救済の無い、絶望の世界である。此の世界には、争いと苦しみと悲しみと搾奪と権力と傲慢の蔑みがあり、私たちは、憐れみを知ることない〈力〉によって、滅ぼされる定めにある。〈力〉によって、生き延びた者は、次の時代を知ることが出来るであろうが、彼等の子孫のなかに於いても、弱き者は存在し、こうして、争いと搾奪の歴史は、容赦ない力の行使に於いて、涙と悲しみと苦しみと叫びを無視して続く。此れが、ピュシスに於ける、此の世界の定めである。

　　しかし、私たちは、世界がピュシス（ 自然世界 ）に限局されないことを知っている。では、ピュシスの世界以外に何が、存在するのか。それは、幸いなる聖シオンの伝える言葉によれば、メタピュシス（ 超自然＝形而上的世界 ）である。此の上位の世界にあって、私たち弱く、滅ぼされる定めにある諸存在に対する、〈救済〉と〈慰め〉の原理が存在する。

　　メタピュシスの世界は、私たちの信仰に於いて、実在するものである。それは、虚構の幻想などではない。寧ろ、虚構の幻想であるのは、ピュシスのみに世界を認め、力の論理による支配と生存を主張する考えである。世界が力の支配する世界である〈現実〉が存在する以上、架空の〈救い〉などに期待するのは止めて、自ら積極的に〈力〉の論理で世界に対すべきであるとの考えは、生き残る者の論理であり、それは〈真実〉の一面でしかない。「現実が力の論理である以上、甲斐無い理想を期待するのではなく、力で現実に生きるべきである」と云う主張は一面の真理でしかない。

　　私たちは〈無〉より生まれ、有限の時空を生き、再び〈無〉へと帰って行く。此れが私たちの知るピュシスでの真理であり真実である。私たちは此の真理に心せねばならない。聖シオンは私ヨーシフに伝える。即ち、私たちの〈生〉はメタピュシスの真理に於いて、〈無限〉である。眠りが〈死〉の小さな神秘であるとの言葉の通り、〈死〉は、私たちにとっては、メタピュシスの世界よりみて、一つの眠りであり、死の後に、私たちは〈夢〉を見るであろう。私たちは死の後、〈無〉へと帰り、夢の模様の一部と化し、再び此のピュシスの世界に生まれて来るか、あるいは、別の世界へと訪れるであろう。メタピュシスの世界にあって、私たちは、死によって限られた者ではない。私たちは、大宇宙の模様の一部であり、永遠性もまた、私たちの属性であるからである。

　　しかし、自我や意識の〈同一性〉にこだわろうとする者は、死の後の生の可能性や、私たちが永遠の模様の一部であることに対し、疑問を投げ掛ける。如何にして、自我の同一性や、意識の同一性が保存されるのかと彼等は問い掛ける。それに対し、私ヨーシフは答えよう。私たちが自分のものであると信じている〈自我〉や〈意識〉は、生の習慣の産物である。〈此の私〉とは、本質的に〈無〉である。別の表現を使えば、私が何者かであるとの考えは、永遠の模様の一部として、初めて自覚されるべきことであって、此のピュシスの世界の習慣的な〈自我〉は、私たちの本質の自我ではない。私たちより、固有の肉体を取り去り、固有の記憶、固有の諸思考を取り去れば、何が私たちに残るのか。そこに残るものが永遠の模様である。

　　〈永遠の模様〉は実在している。私たちの夢に於いて、それは垣間見ることが出来、私たちは、〈夢〉や〈ヴィジョン〉に於いて、一つの疑問を発することが出来る。〈此の世界〉が私たちの〈夢の世界〉のモデルであるのか、あるいは、事態は逆であるのか。ピュシスの世界に縛られた思考にとっては、夢の世界は、此の世界をモデルにして造られているように思われる。しかし、メタピュシスの世界の真実よりして、実は、此の世界が〈永遠の夢〉の仮の投射であるのである。

　　私たちは〈永遠の夢の模様〉から、此の世界に、一時的に投射される。それが、私たちが此の世に生まれ、生き、死すことの本当の意味である。では、此の世の生と死は永遠の世界より見て、まったく無意味なことであるのか。そもそも、私たちが永遠の夢の模様の一部であるなら、何故、私たちは此の世に生まれて来て、苦しみと矛楯の、力の論理が支配する、此の搾奪と暴力の世界に生きなければならないのか。私たちの苦しみや悲痛は、無意味なことではないのか。此れは、もし完全なる〈神〉が存在するなら、何故その完全なる神が、此の不完全なる世界と人間を創造し、必要としたのか、と云う、神学上の疑問と平行する。

　　私ヨーシフは答えよう。私たちの宇宙、即ち、メタピュシスの世界も含む大宇宙は〈進化〉しつつある存在である。私たちの永遠の夢の模様は、永遠のなかにあってゆらめいている何かである。私たちはそれを、夢やヴィジョンに於いて直覚することが出来る。しかし、決してそれが、確実な何かとして確定する訳ではない。

　　大宇宙は進化しつつある。それはピュシスの世界より、メタピュシスの世界へと飛躍し、更に上位の世界へと飛躍しようとしている。永遠を超越した、すべてを終了に於いて認識する超永遠的な神は、存在するのかもしれない。しかし、このような超越的な神の実在は、私たち永遠の夢の模様にとって、永遠の疑問として残される。私たちの前には、無限の夢の模様がある。私たちはその一部であり、時間は此の模様の一部として、私たちと永遠の模様の進化に含まれる。

　　私ヨーシフは、永遠の夢の模様について語った。では、ピュシスの此の世界、苦しみと矛楯と搾奪の此の力の世界の実在の意味は何であるのか、私たちはもう一度、此の問いの意味を考えよう。私たちは、大宇宙の進化を一つの答えとして述べた。しかり、それでは、此の進化は〈方向〉を持つ進化であるのだろうか。また、宇宙が進化しているとしても、私たち自我や意識の苦しみや矛楯は、此の進化のなかにあって、どのように位置づけられると云うのだろうか。

　　私はそれに対し、答えと私に思えるものを述べよう。宇宙とメタピュシスは、私たちの苦しみの経験によって進化して行くのである。それは力の論理の無慈悲な暴力と搾奪から開始して、憐れみと寛容の宇宙的真理へと進化して行く。憐れみや寛容や相互理解が必要であると、宇宙の永遠の模様が理解するためには、それを経験する必要があった。それは、永遠の模様のなかにもともと存在していたものではなく、永遠の模様がピュシスの世界にあって、力の争いの原理の下に、進化を実現して行く過程のなかにあって、経験され、その実在と必要が認められて行くものである。

　　人類の歴史が苛酷で無慈悲な力の論理の社会から、寛容と相互理解と平和の社会へと、進化しようと努力するのと平行に、メタピュシスに於いて、永遠の模様は、憐れみと寛容と相互理解の必要を認めて行く。永遠の模様が、時間の外にあって、ただ存在するだけであれば、このような認識の変化は決して生じないであろう。それは、模様の一部にあって、時間のなかの力による搾奪と矛楯と暴力を経験することによって、初めて可能となるのである。従って、私たちの苦しみは無意味なものではない。それは、宇宙の模様のなかに刻み込まれ、それによって、永遠の模様は進化するのである。

　　私たちは此れらの永遠の模様の進化の過程を、私たち人類の社会の側から述べることが出来る。搾奪と無慈悲な〈力〉の原理を認める考え、個体、組織は、すべて、〈帝国〉の存在を承認していることになる。〈帝国〉とは、力による搾奪と云う現実がすべてであり、人類と諸種族の憐れみの原理を巧妙にも嘲笑するある仮定的な実在勢力の名称である。それは、実体ある何かであると云うより、憐れみや寛容や相互理解の理想を蔑み、〈力の論理〉に心の底に於いて同意する認識の集合が造り上げる、民族、宗教、国家、集団、組織の境界を越える、ある〈超組織〉である。〈帝国〉はある時には、その名称の通り、世俗的帝国として姿をとるが、また別の時には、産業や、宗教、諸文化活動のなかにも、それは姿を巧妙に隠して、入り込む。

　　此のように〈帝国〉を定式化する時、それは永遠であり不滅である。永遠の模様の進化は限り無いものであれば、それに対する抵抗としての〈帝国〉もまた、永遠不滅のものとなるのである。〈帝国〉は最終的に、それが力の原理によって動いていたか、それが和解や寛容や慰めや憐れみや共感や相互理解の諸原理と、どれだけ矛楯したかによって、その実在が判定される。従って、〈帝国〉は到る処に存在し、それは私たちの心のなかに巣くっている。私たちの心の外部の〈帝国〉と、心の内部の〈帝国〉、此の両者が、〈帝国〉の永遠不滅性を支える。

　　私たちは憐れみと寛容の聖マリア・チェチーリアの御名のもとに、〈帝国〉と戦わねばならない。〈帝国〉は私たちの進化の原動力である。しかし、私たちは〈帝国〉を承認することは出来ない。人類は〈憐れみ〉の心を持つことにより、意識しない暴力と無慈悲な力の行使と云う段階より、意識的に行使される〈力〉の時代に入った。此の時代にあっては、国家、諸企業、諸組織が、〈帝国〉の此の世界の外に姿を現している実体である。〈帝国〉は、自らの存在意義を様々に主張するが、それらが〈帝国〉であり、憐れみや宥和や寛容の諸原理と如何に矛楯するかを、実際のそれらの働きと比較すれば、答えは明白である。

　　国家は、国民を守り、その生存の基礎を提供すると主張するが、それは、官僚制に支配され、憐れみの原理を否定する。企業は、生活の基盤として、現実的な諸活動を行うのであると主張するが、それは野獣と同様であって、モダンな形で、利潤や、資産をむさぼり喰うことにだけ熱中する。私たちは、国家や諸企業、諸組織と云った、〈帝国〉の現実態に対し、私たちの〈永遠のイデアル〉である〈憐れみの原理〉を主張する、別の〈組織体〉を考えねばならない。その一つは、〈ＩＳ〉であり、此れは、女性の〈憐れみ〉の原理によって成立し、人類と諸種族の歴史に〈相互寛容性〉を教えるものである。今一つは、〈パラティネ〉であり、此れは、男性の〈イデアル〉への意志によって成立し、〈宥和〉と〈平和〉の理想を実践に於いて、人類に明らかならしめるものである。

　　此れらの両者ともに、憐れみと幸いの相互理解の主、聖マリア・チェチーリアをそのありようのイデアルとして認めるものであり、〈帝国〉の存在を理解した上に於いて、〈コンステラツィオーン〉たらねばならない。私たちは永遠の模様の一部として、無限の生を、私たちの未来と過去に持つ。私たちは、反〈帝国〉の理想を、聖マリア・チェチーリアの御名に於いて、此の世界にあって主張せねばならないのである。

　　何時の日か氷は春となって解け、透明な鶯は銀河の永遠の流れを飛び渡るであろう。アイオーンは本来的に存在しなかったこと、充満は無であり、形象はつねに裏切りにして、人の生きる生は夢の模様の一部で再現されないことを理解するときが訪れるであろう。私たちは、こうして、この宇宙と帝国の悪夢から去って行くであろう。永遠の夢は、永遠のかなたの無に消えて、すべてが浄福に満たされたエオスが私たちを満たすであろう。星の翼は先在のマーテルが無の母胎であることを示し、永遠の生成の夢から一切の存在は消えて行くであろう。私たちは、榮光の聖マリア・チェチーリアと共に、この時間と永遠を去って行くであろう。